その熱量に圧倒される3時間!映画『オッペンハイマー』の俳優陣の演技力に注目
ノーラン監督の衝撃の最新作公開
クリストファー・ノーラン監督の12作目がついに公開されました。しかも、それが今年のアカデミー賞の最多受賞作という快挙。扱う題材が日本にとっては微妙な問題を含んでいるため、ひょっとしたら未公開になるのではと危ぶまれましたが、とりあえず公開されてよかったです。これもひとえにアカデミー賞のおかげと言うべきかもしれません。
上映時間はジャスト3時間。第一印象は作品賞を取っただけあって映画から湧き上がる熱量がもの凄いと感じました。さらに映画そのものに有無を言わせぬ説得力があります。ただ、前半の1時間と後半の1時間はほとんどが会話劇なのでオッペンハイマー のたどった人物史がわかってないとかなり難解な印象を受ける映画かもしれません。
前半の1時間近くは彼の学生時代や若い頃が主になるので難解な物理学用語も出てきて自分も含めて科学と物理にうとい人間にとってはかなりとっつきにくいはずです。居眠りする人がいても全然おかしくありません。私が居眠りせずに見れた理由は主役と助演者たちのまさに演技合戦があったればこそ。
そこで今回の今どき映画レビューでは「オッペンハイマー 」俳優陣のずば抜けた演技力に注目したいと思います。
映画「オッペンハイマー」とは
映画は、オッペンハイマーの生涯とその科学的貢献に焦点を当てながら、彼が直面した倫理的な葛藤や政治的圧力、そして彼の内面の葛藤を描きます。原子爆弾の開発による人類の未来への影響や、科学者としての責任に対する彼の苦悩が、作品全体に重要なテーマとして浮かび上がります。
とにかく有名な原爆実験がすごい映像です。爆発映像のしばらく後に爆発音がするところがリアリティがあります。実験の爆発映像はどうやって映像化したのかわからないほど。
また、原子力委員会委員長ルイス・ストロースなど、歴史上の人物たちも登場し、ドラマに深みを与えています。特にその陰湿な権力者を演じるロバート・ダウニー・ジュニアが秀逸です。アカデミー賞を受賞しただけのことはあります。
後半の1時間はほとんどがオッペンハイマー 公聴会の裁判ドラマが続きます。これも歴史をわかってないと見続けるのにはっきり言って忍耐がいります。
この映画は、単なる科学者の伝記映画としてでなく、人間の複雑な心理や歴史的背景にも焦点を当てた作品として、高い評価を受けています。特に、俳優陣の卓越した演技が、この作品の深みと感動をより引き立てていると言えます。
実際のオッペンハイマー の人物像
20世紀初頭に物理学者として活躍したオッペンハイマーは特に理論物理学の分野でその才能を発揮しました。彼の最も有名な業績は、ご存知の原子爆弾の開発です。第二次世界大戦中、彼はマンハッタン計画の主任科学者の一人として指導的な役割を果たしました。しかし、このプロジェクトの成功と原子爆弾の投下後、彼はその倫理的な側面や人類への影響について深い悩みを抱きました。戦後、彼は核軍拡競争や核兵器の使用に反対し、核兵器の管理や核戦争の抑止についての提案を行いました。
実際、彼は広島の後にもうひとつの原爆によって長崎が破壊された後、長崎への原爆投下は不必要で、正当化されるものではないと考えていたと言われています。
その後、冷戦の時代における政治的な環境の中で、共産主義者との疑いをかけられ、1954年にはアメリカ合衆国政府によってセキュリティクリアランス(政府が保有する機密情報へのアクセス許可のために個人の適性を評価する制度)が取り消されました。この出来事は彼のキャリアに大きな影響を与え、科学的および社会的な貢献にもかかわらず、彼は社会的に孤立し、精神的に苦しむこととなりました。戦後の核時代における科学者の責任や倫理に関する重要な議論を呼び起こし、その遺産は今日でも議論の対象となっています。
意外な人物像
彼は物理学の分野のみならず天文学の分野でも驚異的な発見をしていました。映画の中でもそのセリフが出てきますがなんとブラックホールの存在に気づいた最初の学者だったのです。つまり、ブラックホールがどんな条件で形成されるかという、極めて先進的な理論を発表していたのです。
ただ、論文が発表された1939年の段階では、ブラックホールの存在自体に多くの人が懐疑的だったため、その理論は無視されたようです。
また、彼は私生活でも変わった人間だったようで映画の中でも新居に引っ越しした際にキッチンがないことに気付かないシーンがありましたが、実際彼の学生時代の主食?はチョコレート、アーティチョーク、ビールだけだったそうで、研究以外は興味がない堅物だったのかもしれません。
アカデミー主演男優賞 キリアン・マーフィー
ここからはこの一見地味な作品を盛り上げた演技陣の魅力に迫ります。
キリアン・マーフィーは、この映画でオッペンハイマーの知性、情熱、葛藤、そして苦悩を繊細に表現しています。彼は役柄である物理学者オッペンハイマーの内面に深く入り込むために、多くの努力を惜しまなかったそうです。
過去の主演作品との比較
マーフィーは、これまでも様々な映画で演技力が高く評価されていましたが、「オッペンハイマー」での演技は、彼のキャリアの中でも特に重要な作品と言えるでしょう。彼は、オッペンハイマーという複雑な人物像を完璧に演じ、新たな俳優としての側面を見せました。
役作りへの努力
まずはオッペンハイマーの生涯や業績について徹底的な研究を行いました。また、役作りの過程で、オッペンハイマーの発言や手紙、関連する文献を読み込み、記録映像も何時間も観て、映画の脚本を読み込みながら役を探っていったそうです。
また、オッペンハイマーの発声や仕草、身体の動きなど、細部に至るまでの表現を研究し、オッペンハイマーの特徴的な口調やポーズをマスターし、役をよりリアルに演じるための努力を惜しまなかったのです。
さらにオッペンハイマーの痩せこけた容姿を再現するために「アーモンド1日1粒」といった極度のダイエットをしていたとか。自らはダイエット方法について語っていないものの、妻キティ役を演じたエミリー・ブラントが、それを明かしました。それが事実だとしたら、アーモンド1日1粒で1日のエネルギーが得られるのでしょうか?信じられないです。
しかし、彼は「ロバート・オッペンハイマーに似せようとはしていません」と語ります。「ここにあるのは、史料の中で見るオッペンハイマーと、脚本の中で出会うオッペンハイマーから蒸留されたオッペンハイマーなのです」つまり、自分なりのオッペンハイマーを作っていったと思われます。
アカデミー助演男優賞 ロバート ・ダウニー・ジュニア
オッペンハイマーを恨む陰湿な権力者を演じたロバート ・ダウニー・ジュニアが本当にうまい。見事な嫌われ役を演じています。
ロバート ・ダウニー・ジュニアが演じたキャラクター
ロバートは、ストロースの知性、自信、そしてカリスマ性をうまく表現しています。しかし同時に、彼の冷酷さ、傲慢さ、そして独善的な一面も表現しています。彼の演技によって、ストロースは単なる嫌われ役ではなく、複雑な人間像として演じています。
役作りへの努力
この時はメソッド演技という俳優自身の性格や人格を変えて、役に近づける演技法に徹底したそうで、まさに内面から嫌われ者になりきったそうで、とてもマーベル映画のアイアンマン役者とは思えません。ちなみにロバートは脚本を読んだ時この映画は失敗すると思ったそうです。多分、脚本という字ずらだけで見るとかなり地味な映画に見えたのではないでしょうか。
主演男優賞のキリアンと本当にいい勝負。この映画は二人の実力俳優をキャスティングした時点で6割が完成したと言ってもいいでしょう。
アカデミー助演女優賞ノミネート エミリー・ブラント
映画「オッペンハイマー」で、主人公オッペンハイマーの妻キティを演じるエミリー・ブラントもその卓越した演技力が光っています。
キティというキャラクター
キティは、オッペンハイマーの理解者であり、良き相談相手です。しかし、夫の秘密の仕事や原子爆弾開発への倫理的な問題に次第に苦悩していきます。
エミリー・ブラントの演技
ブラントは、キティの知性、愛情、そして葛藤を繊細に表現しています。特に印象的なのは、オッペンハイマーと対立するシーンです。ブラントは、キティの強い意志と信念を力強く表現しています。また、アル中だったと言われているキティの複雑な人格をうまく表現していると思います。
役作りについて
オッペンハイマーの妻キティ役について「彼女の性格は複雑で、気まぐれで、チャーミング。私が惹かれたのは、彼女が当時の女性のあるべき姿に従おうとしなかったことです。なぜ結婚して子どもを持ち、夫を支えなければならないのか。それが女の仕事であり、それだけが女に許されることだっていう考え。彼女はそうしたシステムに抗ったのですが、それはとても現代的な姿勢でした」と、時代の先を行くキティの生き方への共感を胸に役作りをしたそうです。
トルーマン大統領はあの名優
この映画になんと意外な名優が出演していました。それは歴史上の事実である、トルーマン大統領をオッペンハイマー の面会シーン。この大統領役誰がやってるのかと思っていたら、なんとあの名優ゲイリー・オールドマンがやっていたのです。声を聞いても誰だかわからなかったのである意味すごい演技力です。
メイキング本『Unleashing Oppenheimer(原題)』で、ノーラン監督はオールドマンの起用理由をこう語っています。
「大統領のように象徴的な歴史上の人物をキャスティングするのは非常に難しい。ゲイリーとは長年一緒に仕事をしてきましたが、彼以上の俳優は地球上にいません。彼ならば、理想主義的な科学者が権力の中に入り込み、今後の自らの役割を理解する瞬間の“断絶”を、短い台詞と豊かな表情で伝えられると思いました」
そのシーンを見ると確かに“断絶”を見事に表現していました。
映画『オッペンハイマー 』の感想と まとめ
とにかく、この映画には他にもアカデミー賞級の名優がぞろぞろ名を連ねてます。マット・デイモン、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケネス・ブラナー、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック 、マシュー・モディーン、トム・コンティ、いってみれば、これはもう名優の紅白演技合戦みたいなものです。これだけの名優が顔を揃えた映画は最近見ません。
また、この映画は時間が許せば最低2回は見ることをお勧めします。中には3回見る人もいるみたいで、個人的には物理の専門用語などが出てきてチンプンカンプンみたいなシーンが結構あるので初回は純粋に映画として鑑賞するのが難しかったです。2回目でやっと映画として鑑賞できました。
後半になって有名なオッペンハイマー 公聴会のシーンが続くところも初回では歴史をわかってないと見続けるのに忍耐がいります。
日本にその原爆が落とされた後の研究員たちの拍手喝采のシーンは日本人として見ていて気分が悪かったです。何十万人の罪のない人々を殺しといて何が拍手喝采だ。ふざけるなと思いました。その中でオッペンハイマー だけは微妙な表情をしていたのは逆に救われた気持ちです。
オッペンハイマー自身の言葉として長崎への投下は不必要だと言っていたそうです。まさにその通りです。
個人的にただ一つこの映画の欠点と思えるところはBGMをつけすぎのところです。地味な会話劇だから音楽付けたい気はわかります付けすぎると完璧に興ざめします。うるさく感じたとこも多々あり、本当に監督の演出なのか疑問に思いました。
ですから、この映画がノーラン映画のベストとは個人的には思いません。もちろん、この映画の価値は認めます。作品賞としての価値は間違いなくあります。
あえていうなら物理や科学に精通した玄人向け。または役者として食べて行こうと思ってる人には最高のお手本映画です。