戦争のリアルを伝える 珠玉のドキュメンタリー『マリウポリの20日間』

今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『マリウポリの20日間』がついに日本でも公開されました。
はっきり言って、見ていて本当に辛くなる映画でした。監督もアカデミー賞で言ってましたが本当はこんなドキュメンタリーは作りたくなかったでしょう。でも、残さなくてはならない。その思いに駆られて撮り続けた貴重なドキュメンタリーです。

映画の背景

映画『マリウポリの20日間』は、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻の中で、ウクライナの港町マリウポリが直面した現実を描いたドキュメンタリー作品です。この侵攻は、ウクライナ全土に波及し、多くの都市や地域が戦火に包まれました。その中でも、マリウポリは特に激しい戦闘の舞台となりました。

この映画は、マリウポリで起きた出来事を通して、戦争の真実を観客に伝えることを目的としています。AP通信の記者でもある監督が文字通り命がけで撮影したドキュメンタリーです。(実際、監督は当時ロシア軍に命を狙われてました。)

AP通信の記者 ミスティスラフ・チェルノフ氏

マリウポリの市民たちは突如として恐怖と混乱に見舞われ、平和な日常が一変してしまいます。この映画を通して、観客は戦争がどのように人々の生活に影響を及ぼすのか、そしてその中で人々がどのように生き抜こうとするのかについて深く考える機会を観客に与えます。

そして、この映画はアカデミー賞だけでなく、ピューリッツアー賞など数え切れないほどの賞を受賞しています。まさに珠玉のドキュメンタリーなのです。

『マリウポリの20日間』の内容

映画は、2022年2月から3月までの、文字通り20日間、南部の港湾都市マリウポリに滞在したAP通信の記者ミスティスラフ・チェルノフ氏によって撮影された映像で構成されています。チェルノフ氏は、街の破壊された様子、市民たちの避難する姿、負傷者や死者の姿などを、勇気を持ってカメラに収めています。普通なら記者に取材されることを嫌がる人もいるでしょうが、むしろ、「現実を撮ってくれ」と要請されるほどです。だから、事実を報道して欲しくないロシア軍から命を狙われていたのです。

映画の冒頭は「戦争は爆発ではなく、静寂から始まる」というチェルノフ氏の低い声のナレーションから印象的に始まります。
このコメントは意外でした。爆発ではなく、静寂から始まるという。多分、日常の延長線上という意味なんでしょうか。恐ろしい一言です。

映画には、もちろん、ウクライナ軍兵士の戦闘シーンも収録されています。

映像の中で特に印象的なのは、マリウポリの市民たちの姿です。彼らは、突然の戦争に巻き込まれ、恐怖と絶望の中にありながらも、それでも希望を捨てずに生きようとしています。本当に素晴らしいです。

彼らの勇気と行動は、私たちに深い感動を与えてくれます。映画「マリウポリの20日間」は、単なる戦争記録映画ではありません。この映画は、戦争の悲惨さを訴え、平和の尊さを訴える、力強いメッセージを発しています。私たちは、この映画を通して、戦争の真実を知り、二度とこのような悲劇が繰り返されないよう、平和のために努力していくべきです。

以下、映画の中で特に印象的なシーンをいくつかご紹介します。

  • ロシア軍の砲撃によって、街の建物が次々と崩壊していくシーン
  • 市民たちが、地下室や防空壕に避難しているシーン
  • 負傷した子供たちが、病院で治療を受けるシーン
  • 病院が爆破された時、瀕死の状態の妊婦が運びされるシーンは本当に心が痛みます。このシーンを当時映像を見たロシアの政府がウクライナの役者が演じたフェイクだと放送で伝えた有名なシーンです。

これらのシーンは、どれもが私たちに深い衝撃を与え、戦争の残酷さをまざまざと見せつけ、戦争が人々の生活に与える深刻な影響を、私たちは目の当たりにすることになります。

そして、この映画のラストは墓地に立てられた無数の墓標で終わります。

ロシアのウクライナ侵攻の原因

2022年2月24日、ロシア軍はウクライナへの侵攻を開始しました。この侵攻は、第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて最大規模の軍事衝突となり、国際社会に大きな衝撃を与えました。

なぜロシアはウクライナに侵攻したのでしょうか。この戦争、または紛争は今回突発的に起こったわけではありません。
その背景には、複雑に絡み合う歴史、政治、安全保障の諸問題が存在しています。

その主な原因についてはNHKなどで特集されてますのでご存知の方も多いと思いますが改めておさらいします。

1. 歴史的な背景

ロシアとウクライナの深い歴史的関係: ウクライナは、かつてロシア帝国の一部であり、ソビエト連邦時代にも密接な関係がありました。ロシアにとって、ウクライナは単なる隣国ではなく、自国の安全保障とアイデンティティにとって不可欠な存在でした。

NATO東方拡大への懸念: ソ連崩壊後、東欧諸国がNATOに加盟する動きが活発化しました。ロシアは、NATOの東方拡大は自国の安全保障上の脅威になると強く警戒しています。特に、ウクライナがNATOに加盟することを極めて危険と捉えていました。

ウクライナ国内の政治対立: ウクライナ国内では、親ロシア派と親欧米派の対立が続いていました。2014年のウクライナ革命で親欧米派が政権を掌握した後も、東部ドンバス地方を中心に親ロシア派とウクライナ政府軍の衝突が続いていました。

2. プーチン大統領の思想と戦略

「大ロシア主義」に基づくウクライナ統合への願望: プーチン大統領は、ウクライナ語とロシア語は同一言語であり、ウクライナ人はロシア人と同じルーツを持つと考えています。この思想に基づき、大統領はウクライナをロシアに統合することを望んでいると考えられています。

ウクライナを「緩衝地帯」と捉える安全保障戦略: プーチン大統領は、ウクライナをロシアとNATOの間の「緩衝地帯」として維持することが、ロシアの安全保障にとって不可欠であると考えています。そのため、ウクライナのNATO加盟の阻止を考えていました。

国内政治への影響: ロシア国内では、プーチン大統領の支持率が低下していました。ウクライナ侵攻は、国民の愛国心を高め、プーチン大統領の支持率を回復する効果があると考えていた可能性があります。

3. ウクライナ情勢

親欧米派政権による「ロシア化」への反発: ウクライナ政府は、ロシア語の使用制限やロシア系住民への差別撤廃など、「ロシア化」政策を進めていました。これらの政策は、親ロシア派住民から強い反発を受けていました。

ドンバス地方の紛争: 2014年から続くドンバス地方の紛争は、ウクライナ国内の大きな課題となっていました。ロシアは、ドンバス地方の親ロシア派住民を支援し、ウクライナ政府との交渉を有利に進めようとしました。
この時の国内の状況はウクライナのセルゲイ・ロズニツァ監督が、2018年に手がけた劇映画「ドンバス」にも描かれています。

ウクライナ国民の欧米志向: ウクライナ国民の間では、欧米への加盟を支持する声が強まっていました。ロシアは、ウクライナの欧米志向を阻止することが、自国の影響力を維持するために重要であると考えていました。

これらの複雑な背景が絡み合い、ロシアはウクライナへの侵攻という重大な決断を下したと思われます。

アメリカ映画『CIVIL WAR』との共通点

現在アメリカで大ヒットを続けてる映画があります。そのタイトルは『CIVIL WAR』。そのまま翻訳すると内戦です。要するにアメリカ国内の内戦という意味です。話題の映画会社A24に最大の興行収入をもたらしている超話題作です。日本ではこの秋公開予定です。

内容は、連邦政府から19の州が離脱した近未来のアメリカ。国内で大規模な分断が進み、カリフォルニア州とテキサス州が同盟した西部勢と政府軍による内戦が勃発します。戦場カメラマンのリー(キルステン・ダンスト)をはじめとする4人のジャーナリストは、ニューヨークから約1300キロメートル、戦場と化した道を走り、大統領がホワイトハウスに立てこもる首都ワシントンD.C.へと向かうというストーリー。

ゾッとするような内戦状態のアメリカを描いた映画なんですが『マリウポリの20日間』との共通点は戦争ではありません。この映画の監督が言うには「この映画はジャーナリズムについての映画なんです。ジャーナリズムの重要性について、報道についての映画なんです」。
そうです。この映画もリアルとフィクションの違いはありますが、命をかけて報道するジャーナリズムの映画なんです。

出演者 キルステン・ダンスト、ケイリー・スピーニー、ジェシー・プレモンス
監督 アレックス・ガーランド

二つの映画からわかることは今ほど真実を伝えるジャーナリズムが重要視されてる時代はないということです。

『マリウポリの20日間』まとめと感想

実は私は長年TVの報道番組のディレクターをやってましたのでこの映画が見たくてたまらなかったです。アカデミー賞でドキュメンタリー賞を受賞する作品とはどんな映画かと。

この映画がアカデミー賞を取った理由の一つは監督が何より命をかけて撮っているからだと思います。よく生きていたと思います。

*実際、この映画とは別にマリウポリを撮影していたリトアニア出身の映画監督クヴェダラヴィチウス氏は現地の親ロシア分離派勢力に拘束され、殺害されたということです。その後クヴェダラヴィチウス氏の遺志を継ぎ、製作チームが完成させた作品は『マリウポリ 7日間の記録』というタイトルで日本でも公開されてます。

妊婦や幼児までが犠牲となるところを勇気を持って撮っています。この映像をロシアはフェイクというのだから頭がおかしい。人間じゃないです。静かに話す監督のナレーションも逆に説得力がありました。

マリウポリの20日間とはウクライナ人にとって絶望の20日間と言っていいと思います。

そして、世界中でこの映画を見るべき国民は何よりロシア国民です。自分たちがどんな過ちを犯しているのか知るべきです。見ても多分この映画はフェイクだと言うかもしれませんが。
いつになったら人間は戦争というものをやめるんでしょうか。

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