【映画】トム・クルーズを見事に老けさせたカズ・ヒロとは何者?『DIGGER/ディガー』の特殊メイクに注目!

① トム・クルーズが、ここまで老けるとは!
『DIGGER/ディガー』を観て、まず驚いたのがトム・クルーズの変わりようだった。
これまで数々のアクション映画で、鍛え上げられた身体と若々しい姿を見せてきたトム・クルーズ。そんな彼が本作では、これまでのイメージを大きく覆す姿で登場する。
顔つきも肌の質感も、見慣れたトム・クルーズとはまるで違う。最初に見たときは、ここまで別人のように変えられるものなのかと驚かされた。
もちろん、見た目を変えただけで演技が成立するわけではない。声や話し方、身のこなしまで含めて、トム自身がディガーという人物を作り上げている。ただ、その人物像を観客に納得させるうえで、特殊メイクが大きな役割を果たしていることは間違いない。
では、この変身を手がけたのは誰なのか。
その人物こそ、ハリウッドで活躍する特殊メイクデザイナー、カズ・ヒロだ。実は彼は、『DIGGER/ディガー』だけでなく、アカデミー賞を受賞した映画など、数々の話題作に携わってきた。
今回は、トム・クルーズの変身をきっかけに、カズ・ヒロとはどんな人物なのか、その仕事と代表作をたどってみたい。
② カズ・ヒロとは何者なのか?
カズ・ヒロという名前を聞いても、すぐに顔が浮かぶ人は少ないかもしれない。しかし、ハリウッド映画を観ている人なら、彼が手がけた仕事を知らず知らずのうちに目にしている可能性がある。
カズ・ヒロは、京都出身の特殊メイクアップアーティスト。以前は「辻一弘」という名前で活動していた。
高校時代から独学で特殊メイクの技術を学び、1996年に渡米。映画『メン・イン・ブラック』などに携わり、ハリウッドでキャリアを積んでいった。
大きな転機となったのが、映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』だ。主演のゲイリー・オールドマンをチャーチル元英首相に見える姿へと変身させ、その仕事が高く評価されてアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。
さらに『スキャンダル』でも同賞を受賞。俳優の顔を別人のように変え、役柄に説得力を与える技術で、ハリウッドを代表する存在となった。
③ トム・クルーズの変身を支えた特殊メイク
顔の印象まで変えてしまう、カズ・ヒロの技術
『DIGGER/ディガー』でトム・クルーズが演じるのは、石油王ディガー・ロックウェル。白髪に深いしわ、ふくよかな顔つきと体格。普段見慣れているトム・クルーズとは、ずいぶん印象が違う。
この特殊メイクをデザインしたのが、カズ・ヒロだ。
注目したいのは、単にトムを老けて見せているだけではないこと。顔の輪郭や肌の質感、髪の生え際など、細かな部分まで作り込むことで、実在しそうな人物に見せている。
アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督も、カズ・ヒロがデザインした外見をもとに、トムと声やアクセントなどについて話し合い、ディガーという人物を作り上げていったと語っている。外見のデザインが、俳優の役作りにもつながっていたわけだ。
特殊メイクに6時間。それを1時間に短縮したトム・クルーズ
もうひとつ驚かされるのが、特殊メイクにかかる時間だ。
トム・クルーズの話によると、当初、このメイクには毎日6時間ほどかかっていたという。撮影が1日12時間に及ぶこともあるなか、メイクだけで6時間となれば、俳優にもスタッフにも大きな負担になる。
そこでトムは、仕上がりを変えずに作業時間を短縮する方法を考えた。パーツを貼る工程ごとに時間を計り、手順を整理して、チームとともに改善を重ねたという。
その結果、メイク時間は最終的に1時間を切るまでになった。
もちろん、短時間で仕上げられるようになったからといって、特殊メイクそのものが簡単だったわけではない。精巧な造形を作り上げるカズ・ヒロたちの技術と、それを効率よく施すための現場の工夫があってこそだ。
見た目を変えるだけでは終わらない
特殊メイクの役割は、俳優の顔を別人のように変えることだけではない。
トム・クルーズは、メイクを施した姿でリハーサルにも参加し、ディガーの話し方や歩き方を身につけていったという。外見が変わることで、声の出し方や身体の動かし方まで、役柄に合わせて考える必要があったのだろう。
ここで感じるのは、特殊メイクと俳優の演技は別々のものではないということだ。カズ・ヒロたちが作り上げた外見を土台に、トム自身が人物の内面や動きまで作り込んでいく。
『DIGGER/ディガー』で目を引くトムの変身は、ひとりの俳優の力だけで完成したものではない。特殊メイクの技術と、役柄を作り上げようとする俳優の努力。その両方が重なって、あのディガー・ロックウェルが生まれたのだ。
④ 実はあの映画も!カズ・ヒロが手がけた代表作
カズ・ヒロの仕事は、『DIGGER/ディガー』だけではない。これまでに数多くのハリウッド映画に参加し、俳優の顔を別人のように変える特殊メイクや、作品に登場するキャラクターの造形を手がけてきた。
作品名を見ていくと、「あの映画にも関わっていたのか」と驚かされるものがある。
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
まず紹介したいのが、2017年公開の『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』だ。
カズ・ヒロは、主演のゲイリー・オールドマンをウィンストン・チャーチル元英首相の姿に変身させる特殊メイクとヘアデザインを担当した。
顔の輪郭や肌の質感、髪型まで作り込まれた姿は、本人の演技と相まって、歴史上の人物が目の前に現れたかのような印象を与える。
この仕事が評価され、カズ・ヒロはデビッド・マリノウスキー、ルーシー・シビックとともに、第90回アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。
『スキャンダル』
2019年公開の『スキャンダル』も、カズ・ヒロの代表作として外せない。
本作では、シャーリーズ・セロンが演じる実在のニュースキャスター、メーガン・ケリーをはじめ、登場人物たちの外見を作り上げる特殊メイクを担当した。
シャーリーズ・セロンの顔つきは、本人とは違う人物でありながら、実在するメーガン・ケリーの印象に近づけられている。こうした変身は、単に似せるだけでなく、俳優が役柄になりきるための重要な要素にもなる。
この作品でも、カズ・ヒロはアン・モーガン、ビビアン・ベイカーとともにアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。
俳優を変身させる技術が、映画の世界を広げる
歴史上の人物に近づけるメイクから、ニュースキャスターの再現、ファンタジー作品のキャラクター造形まで。カズ・ヒロが携わってきた作品は幅広い。
その仕事に共通しているのは、俳優やキャラクターの見た目を変えることで、映画の世界に説得力を与えていることだ。
『DIGGER/ディガー』でトム・クルーズの変身に驚いた人は、過去の作品を別の視点から見直してみると、特殊メイクの仕事がまた違って見えるかもしれない。
⑤ 特殊メイクは、俳優の演技をどう変えるのか?
外見が変わると、役への入り方も変わる
『DIGGER/ディガー』で興味深いのは、トム・クルーズが特殊メイクによって見た目を変えただけでなく、その姿でリハーサルを重ねていたことだ。
イニャリトゥ監督によると、トムは特殊メイクが完成した状態で動きや歩き方を確かめ、ディガーという人物をつかもうとしていたという。メイクには5〜6時間かかることもあったが、それでも役柄の姿で演じる感覚を確かめたかったのだ。
確かに、顔つきや体格が変われば、自然と身体の動かし方も変わってくるはずだ。いつものトム・クルーズとは違う姿になることが、役作りの手がかりになっていたのかもしれない。
特殊メイクの目的は、俳優を別人に見せることだけではない
特殊メイクというと、顔を老けさせたり、傷を作ったり、俳優の外見を大きく変えたりする技術を思い浮かべる。
しかし、映画で重要なのは、見た目が変わったこと自体ではない。その人物が物語の中に本当に存在しているように感じられるかどうかだ。
『DIGGER/ディガー』のディガーは、白髪やしわ、ふくよかな体格によって、トム・クルーズ本人とは大きく異なる印象を与える。そこに声や話し方、独特の身ぶりが加わることで、ひとりの人物としての存在感が生まれている。
カズ・ヒロたちが作り上げた外見は、トムの演技を覆い隠すものではない。むしろ、俳優が役柄を表現するための土台になっているのだと思う。
俳優の演技と、特殊メイクの技術。その両方があってこそ
もちろん、どれほど精巧な特殊メイクを施しても、それだけで魅力的な演技になるわけではない。表情や声、動き、せりふの間合いなど、俳優自身が作り上げる要素も欠かせない。
一方で、俳優の演技だけでは表現しきれない部分を、特殊メイクが補うこともある。実在の人物に近づける場合も、架空の人物を生み出す場合も、見た目の説得力が作品全体の印象を左右する。
『DIGGER/ディガー』を観て感じたトム・クルーズの変身の大きさは、本人の役作りと、それを支えたカズ・ヒロたちの技術が組み合わさった結果なのだろう。
映画を観るとき、私たちはどうしてもスクリーンに映る俳優に目を向ける。しかし、その姿を作り上げたスタッフの仕事を知ると、同じ場面でも違った見方ができる。
トム・クルーズの顔がここまで変わった。その驚きからカズ・ヒロという人物を知ったことも、今回の映画を観て得られた発見のひとつだった。
⑥ 高校時代に抱いた夢を、独学で追いかけた
カズ・ヒロの経歴で興味深いのは、特殊メイクの道に進むきっかけだ。
高校時代、アメリカの専門誌で特殊メイクの第一人者ディック・スミスの仕事を知り、その技術に強く惹かれた。専門学校で学ぶのではなく、材料を集めて自分で試しながら技術を身につけ、雑誌で見つけたスミスの住所に手紙を送ったという。
その後、スミスとの文通を通じて助言を受け、映画の仕事へとつながっていった。
日本では黒澤明監督の『八月の狂詩曲』にも参加。特殊メイクの仕事を続ける一方、代々木アニメーション学院で講師も務めた。1996年にはアメリカへ渡り、『メン・イン・ブラック』をきっかけにハリウッドでのキャリアを築いていく。
こうした歩みを見ると、最初から大きな制作環境が整っていたわけではなく、自分で技術を学び、仕事につながる機会を切り開いてきたことがわかる。
⑦ 映画の世界から現代美術へ。カズ・ヒロのもうひとつの顔
カズ・ヒロは、特殊メイクの仕事だけを続けているわけではない。
2012年には映画の仕事から距離を置き、現代美術家としての活動に軸足を移した。現在は樹脂やシリコーンなどの素材を使い、人間の顔を驚くほど精密に再現した彫刻作品を制作している。
その特徴のひとつが、実物の約2倍という大きさだ。しわや肌の質感、血管のような細部まで表現することで、写真とは違う立体作品ならではの存在感を生み出している。
映画の特殊メイクも、超写実的な彫刻も、顔を細かく観察し、素材を使ってリアルな姿を作り上げる仕事という点ではつながっている。
俳優を役柄へと変身させる技術を磨いてきた経験が、今度は美術作品の世界で生かされているのだ。
カズ・ヒロの彫刻作品は、公式サイトでも紹介されている。特殊メイクとはまた違った、彼の芸術家としての一面をぜひ見てほしい。
⑧ まとめ|トム・クルーズの変身から知った、映画を支える仕事
『DIGGER/ディガー』を観て驚いたトム・クルーズの変身。その背景には、カズ・ヒロの技術と、長年にわたって積み重ねてきた経験があった。
映画では、どうしても俳優や監督に注目しがちだ。しかし、スクリーンに映る人物の姿は、俳優の演技だけで完成するわけではない。特殊メイクをはじめ、さまざまなスタッフの仕事が重なって、ひとつの作品ができあがる。
今回、トム・クルーズの変身をきっかけにカズ・ヒロの経歴をたどってみて、映画の見方が少し広がった気がする。
次に映画を観るときには、画面に映る俳優だけでなく、その人物を作り上げたスタッフの仕事にも目を向けてみたい。
